第96話 『煙草の話(二)、江戸煙草事情』

 先年アメリカ大統領が来日したときのコメントに、橘曙覧の和歌が引用されていて話題になった。

 日本人でも橘曙覧という歌人を知って人はそう多くないと思われるので、知らなかった人は驚いたろうし、知っていた人もどうして橘曙覧が出てくるのか不思議に思った。

 大統領が知っている訳はないので、多分コメントの陰の起草者はドナルド・キーン氏だろう、という専らの噂だった。

 橘曙覧(1812~1868)は幕末の歌人である。

 文化九年越前福井の旧家の砥商、正玄五郎右衛門の長男として生まれたが、早くから家業を弟に譲り、学問、歌道に精進した。天保十五年(1844)、本居宣長門下の田中大秀に入門、本居派の国学を学び尊皇思想を説いて次第にその名を知られるようになる。

 福井藩主松平慶永、その子茂照の信望厚く、曙覧を保護後援したので文名大いに上がった。

 曙覧は、まだ世に知られない若い頃、ずいぶん貧しい暮らしをしていたらしいが、それをあまり苦にしてはいなかったようだ。

 前稿で引用した、「たのしみは 心にうがぶ はかなごと」という和歌は橘曙覧の『独楽吟』の中の一首であるが、『独楽吟』に載っている五十二首の初句は、すべて「たのしみは」で始まって、最後は「×××とき」で終わっている。

 たのしみは あき米櫃に 米いでき
 今一月は よしといふとき
(門人がこっそり米を入れてくれたものか)

 たのしみは 銭なくなりて わびをるに
 人の来りて 銭くれし時

 たのしみは とぼしきままに 人集め
 酒飲み物を 食へといふ時

 たのしみは 客人(まろうど)えたる
 折しもあれ 瓢(ひさご)に酒の
 ありあへる時

 たのしみは ほしかりし物 銭ぶくろ
 うちかたぶけて かひえたるとき

 これらの和歌には貧しさを楽しんでいる風さえ感じられる。

 たのしみは いやなる人の 来りしが
 長くもをらで かへりけるとき

 などという思わず笑ってしまうような歌もある。

 最初に引用した、「たのしみは 心にうかぶ はかなごと」の歌からもわかるように曙覧は煙草を吸ったらしい。

 彼の『松籟艸』という別な歌集に、「煙草買ふ銭無かりし時」として、

 けぶり草 それだに煙 立かねて
 なぐさめわぶる 窓のつれづれ

 という一首が出ているところをみると、煙草好きだったと思われる。

 曙覧の師の田中大秀は本居宣長の高弟だったこともあって、曙覧は宣長を尊敬していて、『独楽吟』にも、

 たのしみは 鈴屋大人(すずのやうし)の
 後に生れ その御諭(みさとし)を
 うくる思ふ時

 という一首が載っている。鈴屋大人とは云うまでもなく本居宣長のことである。宣長は鈴の屋と号した。

 本居宣長も煙草を好んで吸ったと思われ、『おもひくさ』という煙草に関する本を書いている。「おもひくさ」とは煙草の異稱である。

 煙草の異稱や符丁は数多くあるが、岡本昆石の『合載袋』の中の「寄席芸人の符調(丁)」に、煙草を孫右衛門、又雲といふ、とある。同書の「香具師の符調」には、煙草をもく、と出ている。

 隠語や符丁では、現在でもそうだが、よく言葉をひっくり返して使う。

 「うまい」を「まいう」、「ハワイをワイハ」などと云うのと同じである。

 寄席芸人の「雲」というのをひっくり返せば、香具師の「もく」になる。

 戦後、物資のない頃、煙草の吸い殻を拾っている者を「モク拾い」といった。

 徳川夢声が書いた煙草の随筆に、大正九年に京都府警察部が出版した『隠語辞典』の「煙草」の項が出ている。

「いんた、うま、ゑんた、ゑんそ、きさぶろう、きはちさん、もく、くさ、げんぴ、ざみ、はくさ、ばたこ、ぱっぱ、まや、もや、わんだ」

 と夥しい数である。

 さて、本居宣長の『おもひくさ』だが、「日本随筆大成」の解説によると、この書は一名を「乎波那賀毛登」(をはながもと)と云うとある。「尾花が本」とする書もある。

「枕草子、徒然草などに倣い、煙草についての感想を流暢な雅文を以て記述したもの」

 と出ている。

 まことに優雅で美しい文章である。最後のところだけ左に挙げる。

「やうなき物なりと思ひすてなむもことわりかな。つくづくとたどりつつ思へば、げにはかなくあだなる物にこそとも思ひかへさる。もろこしにても、とりどりにことわりてさだめかねたるとかや。いむことただしきほうしなんどの、ちかくさしよせだにせぬもいとたふとし。かくまでは思ひとけども、なほおきがたき物にや。あしたにおきたるにも、まして物くひたるにも、ぬるにも、大かたはなるる折こそなけれ。かうつねにけぢかくしたしき物は、なにかはある。さるをいみじき願たて、ものいみなんどして、七日もしは十日なんどたちゐたらんほどにぞ、つねはさしも思はぬ此君の、一日もなくてはえあらぬことをばしるらんかし」

 この中の「朝起きてから、食事の時も、寝る時まで、殆ど煙草と一緒」とか、「願かけをして、その間煙草を断ったものの七日とか十日にならぬ内にどうにも我慢が出来なくなり、普段はそれ程に思いもしなかったが、一日も無くてはならぬものと思い知った」など、喫煙者の心理を云い得て妙で、煙草呑みなら誰しも「そう、そう」と頷くところだろう。

 これを書いた本居宣長は、かなり煙草好きだったに違いない。

 江戸時代の煙草に関する本としては、他に大槻盤水の「えん草」(「えん」は草冠に焉という字)、清中亭叔親の「めざまし草」などがあるが、
 それについては、次回に―――――

コメントを残す