第113話 『松迺家露八(四)、墓・碑、会の番組』

 私蔵の古本の中に、この稿を書くのに何か参考になるようなものはないかと探していたら、鴬亭金升の書いたものに、

「明治の吉原には好い幇間が居た。善孝、孝作、露八も好かったが、民中は近眼と生酔ひが愛嬌になって贔屓の客が多かった」

 とあった。
 鴬亭金升(1868~1954)は戯作者、新聞記者で、本名は長井総太郎。旗本の家に生まれ、梅亭金鵞の門下となる。左団次、小山内薫も彼に師事したという。(以上、『演劇百科大事典』より要約)

 金升の文中に出ている幇間名の内、善孝、民中、露八については既に触れたが、孝作は初出なので、ちょっと調べてみた。

 私が目を通した『吉原細見』の内、明治五年のものに、露八同様初めてその名が出てくる。明治十四、五年にはこれも露八と同じく名が載っていないが、二十年、三十二年、三十五年の細見にはその名が出ている。

 露八は旧徳川家が移封になった静岡に行って十二、三年其処にいたので、その間吉原にいなかったらしいが孝作については不明。

 この十二月の初めに私は南千住の円通寺に行った。

 円通寺には以前、星沢豊子さんが主催しておられる墓碑史蹟研究会の方々と一緒に訪れたことがある。

 その時、折れてしまっている露八の碑を見つけたのだが、よく確かめもせず帰ってきてしまったので、もう一度調査のために再訪したのだった。

 露八は明治三十六年十一月二十三日に亡くなって円通寺に葬られたことになっている。
 私は露八の墓は円通寺の一般墓地にあるものと決めてかかっていたのだが、よく考えると、彰義隊士の墓がある場所には、彰義隊士達の遺骸を引き取った仏磨和尚や三河屋幸三郎他彰義隊の関係者の墓や碑なども集められているので、露八の墓も同じ墓域にあったのではないかと思い直した。

 あるとすれば、勿論、折れた碑の傍だろうと見当をつけて行った。

 榎本武揚書の露八の碑は、「土肥庄次郎之碑」の「庄」と「次」の間で、二つに折れてしまっているので、立っている碑は「次郎之碑」になっている。その碑の下の部分の表裏にも、折れて落ちている碑の先端部分にも誌文は何も刻られておらず、ただ、榎本武揚書とあるだけである。

 榎本武揚は明治四十一年に七十三歳で亡くなっている。露八に後れること五年である。

 武揚は贔屓にしていた露八のために筆をとったのだろう。

 折れた碑の右脇に小さな、先の尖った五輪の塔のような墓があり、台座の石に「土肥氏墓」という字が見られるところから、それが露八の墓と思われた。墓は蓮の蕾を模したようにも見えるが、あまり見かけない形をしている。

「土肥氏墓」と書いてある右側に、多分「庄次郎」と刻んであるのだろうが、「庄」の字が摩耗していて「次郎」という字しか確認出来ない。反対の左側にも字らしいものが見えるが、よくわからない。

 露八の戒名は、「正心院頼富松寿居士」というのだが、墓には戒名は見当たらなかった。

 さて、肝心の露八の会のプログラムに話を戻そう。

 寒玉師から頂戴したコピーについて、ざっと説明しておく。

 一番右側に大きな狸の面の画が描いてあり、その背景にその面が入っていた箱が蓋が開いたままになって出ている。開いた箱の蓋の裏に、{古澤主慶需 武田友月×(花押か?) 謹造之」と書いてある。狸の面の画の右に「楓湖」と署名、印が押してある。

 次いで、露八の口上が出ている。活字ではないので、筆者の筆で書かれた文字の読解力不足や、コピーが薄くて判読しにくいところもあるのだが、読める部分を中心に出来るだけ忠実に復元をしてみると、以下のようになる。

「永らく病の床に打臥しをりしも厚き御愛顧のお蔭をもて全快致し候に付、酒は一切たて林茂林寺に浮かさるる身となりしも、あゆみの心にまかせ云々」

 と云った調子で、

「お礼の会を日本橋常盤木倶楽部で催し、左記の坐興を致しますので、お伝合御駕来を伏してこい願い上げ奉ります」

 とあり、次の九番の番組が出ている。

 一、松の栄              松迺家連中
 一、キヤリ 千秋万歳        中山長吉
                      大野鎌吉
 一、同   富士見西行       平山銭五郎
 一、同   恵比寿          大隅平次郎
 一、野呂松人形
     鬼の宝   蟲翁     亀遊
                    松翁
 一、同 庭見物   気楽翁  三翁
                    松翁
                    亀遊
 一、奇術 狸の赤玉          帰天斎正一
 一、同  露の飛玉          帰天斎正一

 書画先生席上揮毫
 茂林寺見立抹茶
         以上

  三十五年十月  会主  松廼屋露八

        補助 富本半平
            桜川孝作

       哥澤芝喜太夫  都民中
 狸囃子  桜川〆孝     桜川孝八
       桜川遊孝     桜川正孝
       桜川延孝     桜川長寿

                  松迺家喜作
                  松迺家魚八
                  松迺家平喜

    素七書 印

 最後に、素七とあるのは、この番組を筆で書いた人物と思われる。

 このプロについて、わかることから書いて行くが、露八の狸に対する執着というか、関心の深さは尋常ではなく、狸に関するものの蒐集は有名だった。

 プロに目を通してみると、最初の狸の面の画と云い、口上に茂林寺を読み込んだり、番組の中にも、「狸の赤玉」とか、狸囃子があって、露八好みの狸が其処此処に顔を出している。

 茂林寺見立の抹茶というのが、どういうものか、ちょっと知りたい気になる。

 露八の会の番組の詳細については次回に―――

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